こんなこと,言わなければよかった。
           でも―――  今更後悔しても,遅い。


                            wound.



「悪かったね,つきあわせてしまって」
「いえ,構いません」

真っ暗な夜の道を,ロイとリザは歩いていた。
ひとつかふたつ,数えるほどの街灯だけが二人の姿を照らしだしている。

「もとはといえば私が仕事をためていたのが原因だからな」
「やっと気づかれましたか。でしたらもう仕事をためないようにしてくださるとよろしいのですが…」
「そんなことが私に可能だと思うか?」
「・・・」

はぁ,と彼女がため息をつくのが聞こえた。

「それで,何故今日も私が大佐の夕食を作らなければならないのですか? このごろ残業で残った日は毎日ですよ」
「この前食べさせてもらったオムライスがとても美味しかったので…それでは駄目かい?」
「それも大佐の家で…」
「私の家で作ってまた自分の家に帰って作る,というのは効率が悪いだろう?それよりも君の家で作って二人で食べるほうが効率はいいし,食卓も明るくなると思わないかい?」
「それはそうですが…」
「なら構わないだろう?」

私はまたため息をついた。
この人に文句を言ってもこっちのペースが狂わされるだけで,無駄なことはわかっていた。

「…構いませんよ」




大佐の机の横に立ちながら,私は夕飯のメニューやら明日の残業のことやら,といろいろなことを考えていた。
これじゃ帰るのは12時過ぎくらいになりそう…
そういえばそろそろ冷蔵庫の中が空いてきたわね。
明日もきっと残ることになるだろうし…帰りにお店に寄ろうかしら。
今日のメニューはなににしようかな…

「中尉,終わったぞこの書類。一応目を通しておいてくれ」
「あ,はい」

大佐の私を呼ぶ声に,私はふと我にかえった。
今は勤務中なのに…私ったらなにを考えていたんだろう。
今は仕事に集中しなければ…といってももう終わってしまっているのだが。

「…やっと終わりましたね」
「そうだな。手伝ってくれてありがとう,中尉」
「はい。何度も言いますが,残業が嫌なら…」
「『普段もっと頑張ってやってください』かい?」
「そうです。わかっているなら実行してください。やればできるんですから」
「それを実行してしまったらこうして君の作る夕飯が食べられなくなってしまうだろう?」

はあ,と私は深いため息をついた。

「今日はスーパーに寄って帰りますよ」
「ああ,わかったよ。今日はハンバーグがいいな」
「わかりました。じゃあ今日はハンバーグにします。でも荷物持ちはしていただきますよ」
「君の手料理が食べられるのなら荷物持ちくらい軽いモノだよ」

何故この人はそんなことを平気そうに言えるのだろうか。
まったく分からない。






今日は珍しく,大佐は残業をしそうにない。
まだ3時なのに,今日中に仕上げなければならない書類のうちの 済んでしまった書類の山が机の上にのっている。
私がついていなくても,きちんとやっていた。
昨日も,一昨日も,一昨々日も3時ごろといったら 私が大佐を捜している時間帯なのに…
なにかあったのかしら…?
自分の書類に記入しながら,ふと手をとめて考え込んだ。
とりあえず,今日は残業しなくてすむ。
でも「君の作った夕飯が食べたい」と言われて, 家に行くことにはなっているのだけれど。
今日はシチューでもつくろうか。
じゃあ…じゃがいもと鶏肉を買ってかえらないと。




「あれは…大佐?」

買う物を買って買い物袋をかかえて,あるジュエリーショップに目がとまった。
そこにはたしかに大佐の姿があった。

「なにしてるんだろう…」

暫く道の真ん中に立ちどまって,よく見てみる。

「!!!」

次の瞬間,息がつまった。
横から女性がでてきて,大佐と腕を組んだ。
親しげに話をして…

―――――それ以上見ることができなかった。




「ではなぜ…?」

帰ってから,大佐に帰りのことを問った。
説明しようとはしてくれているのだろう。
だけどなにも口にだしてくれない。
こんなに苦しくて,こんなに愛しているのに。

「だから…っ」
「だからなんですか? なぜなにも話してくれないんですか?」
「・・・っ」

彼女の悲痛な表情に胸を射抜かれて, なにも言うことができない。
なにも言わない,なにも言えない。
言えるはずがない。
もどかしくて,声が出ない。
声が出ないなら抱きしめてあげればよかった。
今はそう思う。
でも,抱きたいのに,抱けなくて。

「…私にも…言えないことなんですか…?」

『そういうわけじゃない…』

頭ではそう思うのに,口に出せない。

「私…もう…っ」

迷っているうちに,怖かった言葉が彼女の口から言われないままにドアを閉める音がした。
けれど,彼女が胸のうちに秘めていた言葉は,自分の中で叫び声をあげていた。


“私…もう大佐のこと信じられません”


ベッドの中は,いつになく冷たかった。
眠れない。あの人のことが頭から離れない。
目を閉じてみても,さっきまで一緒にいた人が瞼の裏にうかぶだけだった。
ベッドに潜って,膝を抱える。真っ暗な中で。
―――眠れない。

他愛ない彼との会話が。
何気ない仕草が。
笑顔が。
ぬくもりが。
今では全てが愛しく思えてたまらない。
彼に会いたい。
彼に触れたい。
抱きしめたい。
ごめんなさいと,謝りたい。
でも,もう遅い。

なぜだろう?
あの人の前では素直になれない。

―――――――胸が痛い。

もっと私が素直だったなら,もっと私が可愛かったなら。
彼は私を傍においてくれただろうか?
どちらにしろ,今彼は私の隣にいない。
いつの間にか,涙が頬をつたっていた。
何年ぶりだろう,こんなに涙が溢れたことなんて今までなかったかもしれない。
でも,今私の隣に彼はいない。






「おはようございまーっす,ホークアイ中尉」
「おはようございます,ホークアイ中尉」
「ええ,おはよう」

いつも通りの出勤。
いつも通りの仕事。
けれど彼と顔を合わせるのが苦しい。

「ホークアイ中尉,この書類,大佐に届けてください」
「え…ええ…」

大佐の部屋に行きながら,私は思った。
いないでほしい。
できればいつものように,サボっていてほしい。
ノックしてから部屋へはいる。

「大佐,失礼します」

勇気を出して顔をあげると,誰もいない。
あるのはもうすでに届けられたらしい,大量の書類の山。
私は正直安心した。
でも,まだ彼を捜すという責務が残っている。
覚悟を決めて,今までの経験から彼の行きそうな場所を探そうと決めた。
ドアを開けると,フュリー曹長にぶつかった。

「あ,ホークアイ中尉。中尉の姿が見えなかったので,中尉の机に大佐宛の書類を置いておきました。大佐に届けていただけますか?」
「ええ,わかったわ」

フュリー曹長と別れてから,自分の机へと向かった。
先に持ってきておいて,それから大佐を探しに行こう。
いつもなら,本当は逆なのに。
やはり,彼と顔を合わせるのがつらい。
机の前に立って,大佐宛の書類を探す。

「あら?」

自分の机に,見慣れない小さな箱を見つけた。

「なんだろう…」

箱を手にとり,開けてみる。
私は言葉を失った。

「こ…れ…」

そこにあったのは,銀色のネックレス。

「…大佐…」

昨夜と同じように,涙が溢れる。
直後私は大佐を捜した。
彼が行きそうなところを,全て捜した。
中庭も,仮眠室も,外の公園も捜した。

「いない…」

なぜこういう肝心なときに彼はいないのだろう。

「あとは…喫煙所ぐらいしか…」

行ってみよう。もうあそこしかないもの。
リザが早足に廊下を歩いていると,出会い頭に誰かにぶつかった。

「あ…大佐…」
「中尉…」
「あ…あの…大佐…?これ…大佐が…?」

そう言って私はポケットからさっきの箱を出して,大佐に見せた。
大佐はこくりと頷いて,私から目をそらした。

「あの…すみませ…大佐…本当に…」

その後を言うことはできなかった。

「…すまない」

そう言って彼は私を強く抱きしめた。

「あ…あの…大佐…?」
「すまなかった…きちんとあの時渡しておけばよかった…今日言おうと…それに拘りすぎてしまって…君を傷付けてしまった…今更謝っても遅いのはわかっている…けれど…」
「大佐のせいではありません!」

私が大声を出すのは滅多にないこと。
私も大佐も驚いていた。

「私が…勝手に誤解して…宝石店で大佐がジュエリーを選んでいるところだけを見て…それだけで…勝手に決めつけてしまって…」
「じゃあ…おあいこということでいいのかい?」
「はい…」
「じゃあ…こんなこともしても構わないね?」
「え…?」

彼は私を抱き寄せて,優しく額に口づけた。
昨夜までのぬくもりが甦って,私を包む。

「君が私の隣にいてくれなくて…こんなことすらできなかったからね。 一夜とはいえ…寂しくてたまらなかった…」
「大佐…」
「ずっと…傍にいてほしいんだ…リザ,君に」

呼び慣れない名前で呼ばれて,少し身体が火照った。
けれど彼の腕は私の身体を優しく包み込んだまま,なにもかわらない。
ぬくもりも,腕の感触も,耳許で優しく囁く声も。
なんらかわりはなかった。
私の自由を奪ったまま,彼は私に囁いた。

「…リザ」
「…なんですか?」

大佐の腕の中にいるという心地よさによって,涙があふれた。
彼は気にせず言葉を続けた。

「うけとって…くれるかい?」
「…勿論です」
「かけさせてもらってもいいかな…私の手で」
「…はい」

首筋にひやりとした感触がつたい,同時に唇にぬくもりが訪れた。

「どこにもいかないと…約束してくれるか?」
「はい」





やっぱり私には…貴方しかいない。
このぬくもりを,このまま離さない。

                                Fin.




あとがき。
リザ目線。ちょっとリザが自己中っぽく…最後に素直になれた…かな?なれてればいいなと。
お子さまメニュー大好き大佐。(笑)
オムライスにハンバーグ…次はエビフライあたり?ホークアイも大変です。
そういえば鬼ごっこも好きなんでしょうか…?(鬼はホークアイ限定。)
どこまでもガキな大佐でした。