消えゆく痛覚




 消えゆく痛覚。
 呻き声。
 麻痺する視覚。
 生温い熱。

 いつもながらに唐突だ。
 ロイはリザの手をとり、甲にくちづける。静かに。
「勤務中ですよ」
「固いことを言わないでくれ。いいだろう少しくらい」
「いつも少しで済まないから注意をしているんです」
「ほう、それは期待していると受け取ってもいいのかな?」
 こんなとき、彼は自分の都合のいいように物事を動かそうとする。どんな手段を使っても。
「ご自由に」
 一番簡単なのは、抵抗しないことだ。
「ずいぶんとあっさりしているな」
「その方が都合がいいでしょう?」
 これは嘘。
 くだらない会話をもう少しだけ続けていたかった。それが真実。
「君には負けるよ」
 ああくちづけられた手の甲が痛む。
「違うでしょう」
 違うでしょう。最終的に勝たないと気が済まないのは、いつも貴方。
「何が」
「貴方のこだわる勝敗についてです」
「君は細かいな」
「大佐は大雑把過ぎるんです」
「いいや、それも違う」
 手の甲から伝染して、ダイレクトに心臓まで。
 痛い。
「一番こだわっているのは君だろう」
 真実と言うものは人を傷つける最上の刃であると、いつか誰かが言っていた。それは目の前にいるこの男かもしれないし、父かもしれない。名も知らない通りすがりの人かもしれないし、別れを経験した男性かもしれない。
「そうかもしれません」
 そうです、ともしはっきり言っていたら。この心臓の痛みが倍増して、もしかしたら止まっていたかもしれない。それくらいの衝撃がそこにはあった。
「――痛みますか?」
 簡単に触れ合うことができないと知っている身だからこそ、心は痛む。
「痛いさ。唇と、指先が」
 リザの手が彼に触れた場所。
 そこは確実なまでにロイに傷をつける。気づいているからこそけして止めない。どれだけ痛くとも、どれだけ涙を流そうと、どれだけ血を見つめても。
「大佐はやっぱり大雑把ですね」
「大雑把?これだけ慎重になって二人きりであることを確認して盗聴の有無にも気を配り、やっとのことで君にくちづけて、紳士であることを表したのに?」
「せめてその押し付けがましい言動を慎むべきかと」
「よく言うな」
 見つかってはいけない。
 誰が知ってもいけない。
 ここにいられなくなる、それだけはまだあってはならない。
「触れても?」
 痛みは耐え切れないものではない。
 それを代償にしてでも、触れていたいと思うのは。
「どうぞ、ご自由に」
 ロイがリザの頬に手を這わす。
 焔を操る男の手はいつも冷たい。
 唇をなぞる指は、いつだって掠れている。
「リザ」
 震える声。
 それが引き金。
 頭を掴まれ、彼の唇が押し付けられた。
 言葉を交わす暇も無い。
 リザがロイの肩に手を回す。強い力で痛みが増した。この温もりで痛みが増した。
 ロイの指から流れる金色。
 カシャン、と。
 髪留めが床に落ちた。
 その音で我に返らざるをえなくなった。
「名前で呼ばないでください」
「・・・すまない」
 肩で息をしながら、リザは髪留めを拾う。
 何もかもが痛かった。
 けれど痛みはけして堪えられないものではない。
 慣れてしまえば、苦しむことさえ辛くない。
 ただそれは、ひどく悲しい。




 




 *POSTSCRIPT*
 50000hit記念。暗い方です。シリアス調で。
 暗い方が書きやすい上にしっくりくるんだからあたしも相当な根暗です。
 こちらもダウンロードフリーです。両方持ってってもいいですよー

 では、50000hitありがとうございました!!






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